大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 平成6年(ワ)7904号 判決 1995年9月13日

原告

井上信義

ほか一名

被告

穴吹修市

主文

一  被告は原告井上信義に対し、金一五万九一四八円及びこれに対する平成六年四月一五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告井上信義の被告に対するその余の請求を棄却する。

三  原告有限会社イノウエテツクの被告に対する請求を棄却する。

四  訴訟費用はこれを二〇分し、その一を被告の、その余を原告らの負担とする。

五  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告らの請求

一  被告は原告井上信義に対し、金一八〇万九二〇〇円及びこれに対する平成六年四月一五日(事故日)から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は原告有限会社イノウエテツクに対し、金二五五万四〇〇〇円及びこれに対する平成六年四月一五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、普通貨物自動車に乗車中後ろからの追突事故にあつた被害者が、加害車両の運転者を被告として自動車損害賠償保障法三条、民法七〇九条に基づいて、損害の賠償を求めるとともに、被害者の勤務先の企業が右被害者の休業によつて取引先での仕事を遂行できず損害を蒙つたとして民法七〇九条に基づき、右加害者に損害の賠償を求めた事案である。

一  争いのない事実

1  事故の発生

<1> 日時 平成六年四月一五日 午前八時一〇分ころ

<2> 場所 大阪府和泉市室堂町一番先路上

<3> 加害車両 被告運転にかかる普通乗用自動車(奈良三三た七六三三、以下「被告車」という。)

被害車両 原告井上信義運転にかかる普通貨物自動車(和泉四四わ四一二二、以下「原告車」という。)

<4> 事故態様 原告車が前記場所において赤色信号に従つて停止中、被告車が後部から追突したもの

2  被告の責任原因

本件事故につき被告には制動操作不適切という過失がある。

また、被告は被告車の所有者であり、自動車損害賠償保障法三条にいう運行供用者に該当する。

3  損害の填補

原告井上は被告から損害賠償の内金として金一〇万円を受領した。

二  争点

1  原告井上の受傷の有無及び程度

(被告の主張の要旨)

本件事故が原告車の前方移動が認められないほど軽度な事故であつたこと、原告井上は当時シートベルトをしていたこと、原告車の同乗者が原告井上よりはるかに年上であるにもかかわらず無償であること、原告井上は本件事故後、警察、病院、自宅へと自ら運転していること、通常ならより起こりやすい頸部痛を訴えず腰部痛だけを訴えていること等を考えると、原告井上は本件事故によつて何ら傷害を負つていない。

2  原告井上の損害

(原告の請求)

<1> 文書料 三〇〇〇円

<2> 休業損害 一二三万六二〇〇円

<3> 慰謝料 五一万円

3  原告会社の蒙つた損害 特に本件事故との相当因果関係

(一) 原告らの主張の要旨

原告井上は原告会社の工事部長の職にあつたものであるが、原告会社は原告井上の父が代表取締役で、兄夫婦と原告夫婦のほかはアルバイトの日雇い人夫を数名雇用する家族的企業であること、業務の内容は代表取締役、兄の専務取締役、原告井上がそれぞれアルバイトの人夫と組んで、原告会社が請け負つた工事現場一つずつを各担当し、原告井上の受傷による稼働不能を原告会社の他の役員が填補することが困難な状況にあつた。

しかるところ、原告会社は、

<1> 訴外岡田溶工所との間で工事請負契約を締結し、平成六年四月一二日から同月二四日までの間、全日空堺社員寮の建築現場でカーテンボックス等の取り付け工事をすることになり、同月一二日に工事に取り掛かつたが、原告井上が本件事故により受傷休業し、現場での指揮ができなくなつたため、同月一五日から同月二四日までの一〇日間前記工事ができず、その結果、原告会社は訴外岡田溶鉱所から請負代金六一万六〇〇〇円の支払を受けることができず、右同額の損害を蒙つた。

<2> 訴外岡田溶工所との間で工事請負契約を締結し、平成六年五月一七日から同年六月三〇日までの間、和歌山市沖の世界リゾート博覧会場で幕板パネルの取り付け工事をすることになつていたが、原告井上の受傷休業のため予定していた三、四人の人夫のうち、一、二人しか右工事に従事することができず、その結果、原告会社は訴外岡田溶工所から請負代金一七〇万八〇〇〇円の支払を受けることができず、右同額の損害を蒙つた

(二) 被告の主張の要旨

企業損害が認められるためには、会社代表者の休業の場合に限られ、しかも、<1>個人企業であること、<2>代表者が機関としての代替性のないこと、<3>代表者と会社が経済的に一体をなす関係にあることが必要であるが、原告井上及び原告会社とも右要件のいずれも満たしていない。

第三争点に対する判断

一  争点1(原告井上の受傷の有無及び程度について)

1  認定事実

証拠(甲一ないし一〇、一二、乙一ないし五、検乙一ないし四、原告井上本人、被告本人)によれば、次の各事実を認めることができる。

<1> 原告井上は、原告会社において、工事部長として人夫の指揮に当たるとともに、自らも、パネル等を肩に担いで、これを取り付ける等の作業をしていた(特に原告井上本人)。

<2> 原告車はライトバンであり、被告車は四輪駆動のジープで頑丈な構造をもつた車種であるところ、被告は、原告車の二・五メートル後ろで赤信号に従い待機していたところ、ブレーキペダルに乗せていた被告の足がゆるみ、現場が被告車から原告車にかけて緩い下り坂になつていたこともあつて、被告車が前に進み、原告車の後部と衝突した。原告車は右衝撃により停止したままか若干動いたにすぎず、両車両とも修理を要するほどの損傷は受けていない(特に乙三、検乙一ないし四)

<3> 原告車の運転席には原告井上がシートベルト着用のうえ、助手席には人夫の伊藤某、五〇歳位が、それぞれ座つていたが、原告は、右事故により、腰部に衝撃を受け、足ががくがくするような感じをもつた。右伊藤は負傷していない(特に原告井上本人)。

<4> 原告井上は事故直後、原告車を運転して警察に赴いたが気分が悪くなり、警察の実況見分の際には嘔吐した(特に原告井上本人、被告本人)。

<5> 原告井上(昭和四五年四月三〇日生)は事故当日和泉市立病院において腰部捻挫の診断を受け、腰痛、両下肢に異和感を訴えたが、知覚障害はなく、一週間分の投薬を受けただけで、以後同病院へは通院していない。その際の診療録上に第五腰骨二分脊椎症の記載がある(特に甲一、乙四)。

<6> 原告井上は、平成六年四月一八日から、貴生病院に通院し、同日左傍脊椎筋肉圧痛が認められるが、神経学的に異常なし、レントゲン上の異常もないとされ、同月二一日の通院の際にも同筋肉圧痛が認められたが下肢伸転挙上テスト陰性、膝蓋腱反射正常の診断を受け、その後の通院における診察においても本人の腰痛の訴えは継続しているが、腰部の圧痛以外の客観的所見はない。同病院への最終通院日は平成六年七月二九日であり、その間ほぼ数日おきに通院し、実通院日数は二四日である(特に乙五)。

<7> 原告井上は、平成六年四月一五日から同年七月二二日まで、原告会社を休業した(特に甲一二)。

2  受傷の有無について

まず、原告井上の受傷の有無について判断する。原告井上の供述する「事故直後から腰部が痛み、足ががくがくする感じがした。」という症状は、事故日における和泉市立病院での診察結果、特に両下肢の異和感の存在という点で符合していること、その後の治療の際においても腰痛と腰部の圧痛は認められ、その点は一貫していることが認められる。

また、原告井上は事故直後被告に対し「足ががくがくする。」と言つたうえ、実況見分の際嘔吐しており、その様子は被告においてもこれを現認している(原告井上本人、被告本人)。もちろん、原告井上の虚言である可能性は残るものの、事故直後咄嗟に事後の賠償問題を有利に展開しようと考えたうえ、そのような芝居が打てる者は極めて稀であろう。仮にそのような者がいたとしても、その者は社会的な不適応性を他の場面でも示すであろうが、原告井上は後にみるように原告会社において、重要な役割を果たしており通常の社会生活を営み、社会適応性をもつた人物であるので、右のような疑いは根拠の薄いものである。確かに、後にみるように、本件事故によつて原告井上の受けた衝撃は軽度なものにどまるが、原告井上は腰に負担のかかる仕事に就いており、また、第五腰骨の二分脊椎症という軽度の衝撃によつても腰部に障害をもたらす素因を有していたことが窺われることからすると原告井上の受傷の事実はこれを認めることができる。

3  原告井上の受傷の程度について

そこで次に原告井上の受傷の程度について検討するに、前記認定の各点即ち、本件事故によつて原告車はほとんど移動していない点、原告井上より年上の同乗者が負傷していない点、原告車及び被告車の損傷とも極めて軽微である点からして、本件事故の際原告井上が受けた衝撃は極めて小さかつたと認められること、原告井上の症状はその愁訴が中心であつて、客観的所見に極めて乏しいこと、原告井上の通院状況も前記の通りのものであることを考え合わせると、本件事故によつて原告の負つた傷害は他覚的所見のない軽度の疼痛にとどまると認められる。

右負傷の程度からすると原告井上の休業の必要性について疑問は残るものの、その仕事の内容が腰部に対する負担が大きいものであることを考えた場合、全面的に休業の必要性を否定することはできず、事故日を含め一週間に限り必要性を認めるのが相当である。

二  争点2(原告井上の損害について)

1  文書料 三〇〇〇円(甲一一)(主張同額)

2  休業損害 九万六一四八円(主張一二三万六二〇〇円)

原告井上の本件事故前の平均月収は四一万二〇六六円(甲一二)であるから、七日間の休業損害は、九万六一四八円となる(四一万二〇六六円÷三〇日×七日、円未満切り捨て)

3  通院慰謝料一五万円(請求五一万円)

前記原告井上の受傷の程度、通院日数、期間に鑑み、一五万円をもつて慰謝するのが相当である。

4  右1ないし3の合計は二四万九一四八円である。

右から前記争いのない損害填補額一〇万円を差し引くと一四万九一四八円となる。

右金額、本件訴訟の内容、審理の経過を考慮すると、原告井上が原告訴訟代理人に支払うべき弁護士費用の内、本件事故と相当因果関係のあるものとして被告が負担すべき金額は一万円と認められる。

したがつて、原告井上の被告に対する請求は、金一五万九一四八円及びこれに対する事故の日である平成六年四月一五日から支払ずみまでの遅延損害金を求める限度で理由がある。

三  争点3(原告会社の損害について)

前記のとおり原告井上の相当休業期間は一週間であるから、前記岡田溶工所との契約の内、後者の平成六年五月一七日からの工事を遂行できなかつたことと、本件事故との因果関係が存在しないことは明らかである。

そこで、平成六年四月一五日から二二日までの間、原告会社が工事を遂行できず損害を蒙つたことと、本件事故との因果関係について検討する。

証拠(原告井上本人)によれば、原告井上は原告会社において工事部長として稼働し、工事現場において人夫を指揮監督するとともに、一定の範囲内で取引先との折衝にあたる等重要な役割を果たしていたこと、原告会社が原告主張のとおりの小規模会社であることは認められる。しかし、原告井上の指揮監督は工事現場でのそれに限られ、会社の業務全般を統括する個人企業の代表者のような企業にとつて不可欠の存在とは言えないし、原告会社と経済的一体性を有するとも言い難いので、原告会社に生じた損害と本件事故との間には相当因果関係があるとは言えない。そこで、原告会社の請求はその余の点について判断するまでもなく理由がない。

(裁判官 樋口英明)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例